2014年1月22日水曜日

書評『イエスは誤解されている』


Amy-Jill Levine, The Misunderstood Jew: The Church and the Scandal of the Jewish Jesus, 2006.

・・・(略)・・・

(反ユダヤという)問題に気づいていて、それにうまく対処していると思っているキリスト教徒に欠けていることが指摘されている。

この点について、自分は著者の告発の対象にはなっていないと考える読者はあまりいないのではないだろうか。
 


例えば、イエスを女性の解放者とするフェミニスト研究は第二神殿時代のユダヤ人社会において女が隅に追いやられていたことを誇張する傾向があると著者は論じている。

同様に、解放神学はイエスを抑圧された人々を擁護する者として描き、その際にユダヤ教は生来的に過酷なものとして非難される。

反戦主義者はユダヤ人が「戦う救世主」を求めていたからイエスを受け入れることなどあり得なかったと語る。

著者はこうした描写が歴史的に正しいのかを問題にし、神学的には、それぞれの点において、イエスが独特で、例外的であったとする必然性に疑問を呈している。
 


また、パレスティナ人の権利を擁護する人が時として用いる不当で非生産的な反ユダヤ的固定観念がどのようなものであるかも短く論じている。

この点についてパレスチナの神学者ナイム・アティークが特に取り上げられ、著作やスピーチを引用して、その裏づけに乏しい主張の実例を示している。

本書のこの部分はアティーク(およびパレスチナ解放運動一般)を擁護するキリスト教左派の怒りを買い、レヴァインは反シオニズムと反ユダヤを混同していると反論された。

しかし、彼女の立ち位置にはもっと微妙なニュアンスがあるのではないだろうか。

著者は「パレスティナ人の正当な要求」(183頁)を退けるつもりはないが、それを支持するために究極的には役に立たない主張を用いた言葉とイメージが横行していることに疑問を呈しているのではないだろうか。

本書の出版以来、著者は「目的は手段を正当化しない。よいことを意図しているにも拘わらず、使われている言葉は毒を含んでいる」という主張を繰り返している。

(《書評》エイミー=ジル・レヴァイン著『誤解されたユダヤ人』インタープリテイション82号「エレミヤの肖像」)




 

特 集

エレミヤの肖像

第82号 2013年8月
定価2000円+税
 

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