クリスティーン・ジョインズ
「沈黙の音」
(88号「イースターの祈り」)
マルコ福音書の女性たちが空の墓を訪れる物語は、この出来事の最初期の伝承と考えられている。
福音書記者はマグダラのマリア、ヤコブの母マリア、サロメの三人がイエスに塗るための香油を買い、墓に行った様子を描いている。
女性たちは墓への道すがらどうすれば墓の入口の石を動かして中に入れるかを話し合っているが、墓に到着すると、石は転がされていた。
女性たちが墓に入ると、若い男性が「白い衣を着て右手に座って」いた。「そして婦人たちはひどく驚いた」(一六5)。
その若者は女性たちを安心させる言葉をかけ(「驚くことはない」)、復活の知らせ(「あなたがたは十字架につけられたナザレのイエスを捜しているが、あの方は復活なさって、ここにはおられない」一六6)と委託(「行って、弟子たちとペトロに告げなさい。あの方はあなたがたより先にガリラヤに行かれる」一六7)を伝える。
しかし、女性たちは委託されたことを実行せずに逃げ去り、「だれにも何も言わなかった」。マルコ福音書はこのようにして終わる(一六8)。
マルコ福音書を最初に解釈したマタイ福音書は、マルコ福音書のテクストの曖昧なところや不合理なところを取り去ろうとしている。
マタイ福音書では、女性たちはイエスに油を塗ろうとして墓に来たのではなく——墓穴で二日も経った後ではそれは無駄なことだろう——墓を見に来たことになっている。
また、墓の入口から石を動かしたのが天の使いであると説明されており、石が取り除かれていたことを謎のままにしているマルコ福音書とは対照的である(一六4)。
マルコ福音書の「若者」はマタイ福音書でははっきりと「天使」として解釈されており、地震に関する独自の資料も加えられている。
「ガリラヤへ行け」という命令はマタイ福音書でも保持されているが、ペトロの名を特に出してはいない。
こうしたことよりも重要な違いは、マルコ福音書とは対照的に、女性たちは天使のメッセージを弟子たちに伝えたとされ、女性たちが沈黙したとはされていないことである。
ルカ福音書は空の墓の話を語り直すにあたり(マタイ福音書とは合致しないが)マルコ福音書とはいくつか重要な点で一致している。
すなわち、女性たちは(マルコ福音書と同様、おそらく遺体に油を塗るために)香料を携えており、誰が石を取り除いたのかという謎は謎のままとされている。
しかし、ルカ福音書は二人の「輝く衣を着た人」が女性たちにかなり異なるメッセージを伝えている。
これはルカに特有なルカ特殊資料で、「ガリラヤへ行け」という命令はなく、受難の予告を想起させることによって、その成就が語られている(二四7—8)。
しかし、ルカ福音書もマタイ福音書と同様に、マルコ福音書における女性たちの沈黙は採用していない。
特 集
イースターの祈り
第88号 2015年3月
定価2000円+税