2014年12月5日金曜日

87号「フィリピの信徒への手紙」 目次



12月上旬発売

http://www.amazon.co.jp/gp/product/4882742721/ref=as_li_tf_tl?ie=UTF8&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4882742721&linkCode=as2&tag=mmiyas-22

特 集

フィリピの信徒への手紙

第87号 2014年12月
定価2000円+税




まえがき




J・A・マーシャル (榊原芙美子・訳)Joseph A. Marchal
「キリスト賛歌」のレトリック ──パウロ解釈序論──

    フィリピの信徒への手紙は綿密でダイナミックなレトリックそのものであるが、パウロ解釈においては見過ごしにされることがあまりにも多い。よく知られた 「キリスト賛歌」を中心にこの手紙の議論全体を注意深く批判的に分析することで、この非常に重要な文書がもつ倫理的・政治的側面に同調する解釈がもたらさ れる。

A・K・グリーブ (吉谷かおる・訳)A. Katherine Grieb  
フィリピの信徒への手紙と神の政治
    パウロはフィリピの共同体に「同じ思い」をもつことを強く勧めるが、教義や倫理の問題についてフィリピの人たちに画一性を求めたわけではない。むしろそれ はキリスト・イエスの思いを自分たちのうちにもつようにという命令であり、他者の利益を考えるようとするものである。今日、この「同じ思い」を採り入れれ ば、教会は共同体を築き上げる新しい実践を見出すことになるだろう。

L・G・ブルームクィスト (吉谷かおる・訳)L. Gregory Bloomquist
喜びによる反転 ──フィリピの信徒への手紙における苦しみと喜び──
    フィリピの信徒への手紙はレトリックを用いて苦しみと喜びを再構成している。苦しみと喜びは織り合わされることにより、主題となるだけではなく、手紙全体の背景をなすつづれ織りとなるのである。

J・フィッツジェラルド (山野貴彦・訳)John Fitzgerald
キリスト教徒の友情 ──ヨハネ、パウロ、フィリピの信徒への手紙──
    ヨハネとパウロはともに愛を友情の基礎としている。ところが、彼らの思い描いていることは重要な点で異なっている。ここではヨハネとパウロの友情理解について簡潔に議論し、フィリピの信徒への手紙においてパウロが友情に関する言葉をどのように用いているかについて考える。
J・W・トンプソン (古本みさ・訳)James W. Thompson
フィリピの信徒への説教
    古代のテクストと現代の教会の間に距離があると感じるとき、説教者はキリスト教が主流になる以前の時代に生きた脆弱なキリスト教徒たちに向けて語られた言 葉が何世紀もの時間を飛び越えて、キリスト教が中心ではなくなった時代に生きるキリスト教徒に語られていることに気づくはずである。



テクストと説教の間
ルカによる福音書14章25―27節(C・ブリッソン/石田雅嗣・訳)
ヨハネによる福音書6章25―35節(S・ファウル/石田雅嗣・訳)
コロサイの信徒への手紙1章15―28節(R・N・クリステンセン/吉岡誠悦・訳)



 書評紹介(榊原芙美子・訳)
    ロルフ・レントルフ著『正典としてのヘブライ語聖書──旧約聖書の神学──』
    フランク・C・セン著『民の業──典礼の社会史──』
    カレン=マリー・ユストほか編『子どもと未完成の霊性を育む──世界の宗教伝統からの視点──』


2014年12月4日木曜日

87号「フィリピの信徒への手紙」まえがき


12月上旬発売






特 集

フィリピの信徒への手紙

第87号 2014年12月
定価2000円+税






まえがき


「とにかくキリストが告げ知らされているのですから」(フィリ一18)というパウロの言葉に共鳴しつつ、今号のインタープリテイションはフィリピの信徒への手紙という短いけれども神学的、倫理的に豊かな内容をもつ書簡の中心テーマを探求する五本の論考を掲載する。
 



ジョセフ・マーシャルはフィリピの信徒への手紙の主な解説者たちがとってきた伝統的なアプローチを概観している。

この書簡の中心的なテーマとレトリックの構図についての概要からはローマイアーやケーゼマンなど重要な解釈者が互いに異なるアプローチをしていたことが明らかになる。

また、パウロがイエス・キリストの例とパウロ自身の例に倣い、謙遜な従順を勧めているとする最近の解釈が提起する深い倫理上の問題に焦点が当てられている。
 



キャサリン・グリーブはパウロがフィリピの信徒に勧める一体性が教義上、あるいは倫理上の一致ではなく、救世主イエスが示した自己を空しくする態度であると示すことでこの問いに答えている。

「教会はキリストの思いを獲得し、それを育むべきであるとパウロは示唆する。

キリストは他の人たちの幸福のために自らを献げ、他の人たちが高められるべく自らを卑しくしたのだから、必然的にパウロは直観に反する対抗文化的な道徳についての想像力をもった行為も意図していたはずである。

つまり、他の人を『キリストが(その人たちのために)死んでくださった』兄弟姉妹として見ることがそこでは意図されている」。


 

L・グレゴリー・ブルームクウィストは自らの苦しみの中に喜びを見出すというパウロの衝撃的な主張をパウロと同時代のギリシャ・ローマの著述が悲観的で、総じて喜びに欠いた展望しかもたなかったことを巧みに対比させている。

「パウロはまさに自分の苦しみの経験のうちに、そのあり得ない喜びを見出していたのである。

それは苦しみと避けられない死のうちに、また、それゆえにフィリピの信徒たちのような人々がキリストにおいて命を得るのを見出したからである」。




 


ジョン・フィッツジェラルドはヨハネ福音書とパウロ書簡(特にフィリピの信徒への手紙)における友情を探求している。

両者はともに最終的にはキリスト教の友情の基礎を神の愛においているけれども、いくつかの点で大きく異なっている。

ヨハネがイエスと弟子たちの関係に重点を置いているのに対して、パウロが親類関係の言語を用いて、友情関係を神と共有する関係とみなしている。

「フィリピの人たちが苦難のうちにあったパウロを見捨てなかったということは、パウロと友情関係にあり、彼らが継続して福音にともに参与しているという実情についての明らかな証明」であるとフィッツジェラルドは論じる。


ジェームズ・トンプソンはフィリピの信徒への手紙による説教について論じている。


歴史批判、レトリックを用いた批判、様式批判などの分析方法を用いることで、直感的な解釈を越えて、フィリピの信徒への手紙の深い理解に繫がる説教をつくるための手引きがそこでは提供されている。

 


ジェームズ・A・ブラシュラー
サミュエル・E・バランタイン

2014年11月23日日曜日

待降節の始まりに



ポール・ガルブレイス
 マルコによる福音書13章24―37節
83号「アドベントと典礼」より




終わりは始まりである。

アドベントの最初の主日に読まれるこの福音書テクストは、よく知られているように、大変動による混乱、切迫した審判、世界の終わりを告知している。

では、この聖書の個所は、教会の生活および活動の出発点として、実際どのように機能するものなのだろうか。

聖書日課の一年が新たに始まるこの週に、会衆の生活と自分自身の生活にどのような変革(驚くべき破壊的変化)の余地が残されているだろうか。

このテクストはその冒頭から、毎年同じように繰り返される聖書日課の暦に従っている私たちの姿勢に問いを投げかけている。

このテクストに注意深く耳を傾けることによって、アドベントの最初の主日を単にアドベントのリースに蠟燭の灯りを灯し、クリスマスまでの日曜日を数え始める時として済ませてしまおうとする誘惑から解放される。

マルコの福音を真剣に取り上げることは、私たちが注意深く立てた企みや計画に風穴を開けることになる。



 



特 集

アドベントと典礼

第83号 2013年11月
定価2000円+税



2014年11月16日日曜日

友なるイエス  ヨハネにおける友情



ジョン・フィッツジェラルド
「キリスト教徒の友情
(87号「フィリピの信徒への手紙」より)



ヨハネによる福音書では、イエスが告別説教と呼ばれる別れの言葉の中で「私があなたたちを愛したように互いに愛し合う」よう弟子たちに命じている(ヨハ一五12)。

イエスは次のようにその命令の意味を明らかにする。


友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない。

わたしの命じることを行うならば、あなたがたはわたしの友である。

もはや、わたしはあなたがたを僕とは呼ばない。

僕は主人が何をしているか知らないからである。

わたしはあなたがたを友と呼ぶ。父から聞いたことをすべてあなたがたに知らせたからである。 (ヨハ一五13―15)



ヨハネによる福音書のイエスはこの言葉の中で一般に友情と結びつく二つの考えを述べている。

ひとつは、友人とは喜んで代わりに死ねるほどに相手のことを気に留めている人という考えである。

この理解に立てば、ヨハネによる福音書におけるイエスの死は友人のための死ということになる。


友人のもうひとつの一般的な考えは、個人的に最も秘密にしていることでも安心して明かせるほど信頼している人というものである。

しかしながら、完全に秘密を打ち明けるまでには友情関係に重要な変化が見られる。

ギリシャ・ローマ世界における標準的な友情理解では、事実の暴露が友情の前提となっている。それは今日と同様である。

通常、秘密や機密情報をたまたま知り合った人に明かしたりする者はいない。

信頼に足る人とは信頼を得た人ということであり、秘密が完全に明かされるのは、そうした信頼される、信頼に値する個人に対してのみなのである。

第四福音書ではイエスと弟子たちの交わりの期間が共観福音書より長く設定されているため、そうした標準的な論理が適用されると考える人もいるだろう。ヨハネによる福音書のイエスが弟子たちに

「今や三年間ともに過ごしてきた。

そのあいだに、わたしはあなたへの信頼を学んだ。わたしたちは友人になった。

今や友人なのだから、父から聞いたことすべてをあなたたちに打ち明けよう」

と言うのを期待する人もいるかもしれない。

しかし、第四福音書のイエスはそうは言わない。

ペトロはイエスを否認し(一八15―18、25―27)、他の弟子たちもイエスを置き去りにしたように(一六32)、弟子たちは自分たちがまったく信頼に足らない者であることをすぐに露わにしてしまう。

そうではなく、イエスはこの標準的な論理を逆転させ、「わたしはあなたがたを友と呼ぶ。父から聞いたことをすべてあなたがたに知らせたからである」と言う(一五15)。

ここでの秘密の暴露は友情を前提するのではなく、友人関係をつくり出している。イエスは信頼するに足らない弟子たちにすべてを明かすのである。

神学的に言えば、イエスと弟子たちとの間に友情をつくり出すのは、明示された美徳であるとか弟子に対する信頼とかではなく、恵みなのである(一17)。

イエスは従う者を友として扱うことによって、弟子たちを友人とした。イエスが父の言いつけを守り、それゆえに父の愛のうちに留まったように(一五10)、弟子たちのイエスとの継続的な友情関係は喜んでイエスの指示に従うことに拠っている(一五14)。






特 集

フィリピの信徒への手紙

第87号 2014年12月
定価2000円+税








 

2014年11月7日金曜日

ワインとビールの物語 《公開シンポジウム》古代西アジアの食文化


公開シンポジウム

古代西アジアの食文化
〜 ワインとビールの物語 〜

日時
2014年12月6日(土) 11:00〜17:20
会場
早稲田大学戸山キャンパス 36号館 382教室



参加無料・事前申し込み不要

プログラム


 
10:30 開場
11:00 開会挨拶

《概論》
11:05-11:35
西アジアから現代への贈り物 
平原のビールと山のワイン
常木晃(筑波大学)

11:35-12:05
古代エジプトのワインとビール
近藤二郎(早稲田大学)

12:05-13:00  昼食休憩

《各論》
13:00-13:35
楔形文字文書にみるメソポタミアのビールとワイン
山田重郎(筑波大学)

13:35-14:10
古代エジプト先王朝時代のワインとビール
馬場匡浩(早稲田大学)

14:10〜14:20  休憩

14:20〜14:55
旧約聖書に見られるワインとビール
長谷川修一(立教大学)

14:55〜15:30
ヒッタイト帝国のワインとビール —
古代アナトリアの飲酒文化
津本英利(古代オリエント博物館)

15:30〜15:40  休憩

15:40〜16:15
植物考古学からみた古代のお酒
赤司千恵(東京大学)

16:15〜16:50
醸造学から見た古代西アジア・エジプトのワイン
上野昇(シャトー・メルシャン)

16:50〜17:20
パネル・ディスカッション

17:20
閉会挨拶


さらに詳しいことはチラシをご覧ください。



2014年11月6日木曜日

バックナンバーのお知らせ


いくつか品切になっているものもあります。ご注文の際はご確認下さい。

 簡単な目次は *こちら* でご覧いただけます。


1    山上の説教
2    十 戒
3    聖書とフェミニズム
4    使徒パウロ
5    最近の聖書学・神学から
6    第一コリント
7    救 い
8    モーセ
9    聖書論
10    最近の聖書学・神学から
11    聖書と倫理
12    三位一体論
13    宣教と教会の生命
14    創世記
15    イザヤ書
16    復 活
17    詩 篇
18    転換期における教会
19    聖書から見た富と貧困
20    マタイ福音書
21    アクティマイア祝賀論文集
22    ユダヤ教とキリスト教の対話
23    神の支配
24    聖書における戦争と平和
25    洗 礼
26    マルコ福音書
27    聖 餐
28    福音伝道
29    キリスト教と諸宗教との出会い
30    社会研究と聖書解釈
31    最近の聖書学・神学から
32    ルカ福音書
33    『聖書の権威と人間の性』
34    エレミヤ
35    救いと癒し
36    組織神学の復興
37    ヨハネ福音書
38    エゼキエル書
39    神学とエコロジー
40    五十周年記念号
41    出エジプト記
42    史的イエス
43    使徒言行録
44    最近の聖書学・神学から
45    中心にある教会
46    民数記
47    二十一世紀への宣教
48    イエスの死の意味
49    贖いと聖書
50    家 族
51    第二コリント
52    聖書と共に生きる
53    贖いと教会
54    二〇〇〇年黙示録
55    ヨブ記
56    都 市
57    レビ記「聖潔と清浄」
58    赦しと和解
59    ガラテヤの信徒への手紙
60    今日聖書を読む
61    牧会とポストモダニティー
62    聖書における子供
63    コヘレトの言葉
64    文脈の中の福音
65    聖書と神学
66    聖書的霊性
67    イエスの譬え話
68    今日聖書を教える
69    恵 み
70    聖書の信仰と歴史
71    へブライ人への手紙
72    悪
73    アウグスティヌス
74    友 情
75    ローマの信徒への手紙
76    聖書における暴力
77    安息日
78    聖 職
79    雅 歌
80    神の像
81    ほかに神があってはならない
82    エレミヤの肖像
83    アドベントと典礼
84    「他者」へのまなざし
85    ヨハネ福音書と教会
86    対話を求めて
87    フィリピの信徒への手紙

〔次号〕
88    イースターの祈り


価格    1~6号    1600円+税
    7~41号    1942円+税
    42~70号    1943円+税
    71号~     2000円+税

2014年11月2日日曜日

「ユダヤ世界の中のイエス運動」

 

Journal of the Jesus Movement in its Jewish Setting (JJMJS)

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「ユダヤ世界の中のイエス運動」 

といった具合のタイトルで、雑誌が創刊された。オンラインでは完全無料。印刷版は25ドル。

登録しておくと、新刊刊行時に連絡してくれる。



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